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日本学術会議民営化は待ったなし [日記]

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LEICA M8.2 Summicron 35mm f2.0 ASPH.

日本では、二十世紀の終わり頃、中央省庁再編の取り組みが進められていた。
1997年12月にとりまとめられた行政改革会議の最終報告に、その方向性が盛り込まれ、2001年1月に新しい体制となった。その最終報告のなかでは全く触れられず、また改革の対象にならなかった機関こそ、日本学術会議であった。
当時、私は民間団体にいて、省庁再編のあり方を考えるように上司から指示され、政府内に設置された事務局への出向も打診されていた。結局、その事務局出向は見送られ、担当からも外れたが、強く印象に残っているのは、日本学術会議が法律に基づく公的機関であり、会員が公務員であるという仕組みであった。
私は当時、「学者が会員で、公務員となる機関なんだ、日本学術会議は」と周辺に漏らすと、誰もが不思議がっていた。何人かは、「御用学者の集まり?」と問いただす者もいたほどだ。その後、政府内では日本学術会議の民会化の議論は行われたようだが、改革は行われず現在に至っている。
今般、菅内閣が会議側から推薦された6名の任命を見送ったことで、「学問の自由を奪うものだ」と反発しているようだが、そもそも公務員任命に内閣総理大臣の裁量権が及ばないとするのは、日本学術会議法を曲解している。
学者の中には、政府の審議会の委員になるために、熱心に自分を売り込む者が少なくないが、政府の審議会委員は担当省庁の大臣任命である。各省庁が所轄する審議会は国家行政組織法第8条に規定されている機関だが、日本学術会議は、日本学術会議法という独立した法律で規定されていて、権威は各種審議会と比べるものにならないほど高い。ゆえに、日本学術会議の所轄は内閣総理大臣であると同法第1条で規定されているのである。その規定を前提に学者は、その会員になるかどうかを考えるべきであるのだが、「総理大臣の裁量で自分が任命されないのはおかしい」というのは、ただただ滑稽である。
テレビドラマの「半沢直樹」では、銀行員の人事がテーマの中心になっていたが、現代の人間世界に人事はつきものである。それから隔絶して、自由に生きたければ、人事に関係ないところで仕事をすべきだろう。それは学者でも、銀行員でも、変わらない。
そうした普遍的な現代人としての意識が、自分を政府に売り込むことに熱心な学者にはないのだろうか。
日本学術会議には、年間10億円も国の歳費をつぎ込まれているようだが、明らかに多額だ。特権階級、上級国民と下からの突き上げの強いこのご時世、あまり強く戦おうとすると、四半世紀越しの民営化の議論が再燃するのではないか。
英米の同様の機関が民間機関であることを踏まえれば、日本学術会議改革は待ったなしの課題となったようだ。

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陸上日本選手権開催 [日記]

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Leica M8.2
Summicron 35mm F2.0
10月に入り急に秋めいてきた。そのなか6月に大阪で開催の予定だった日本陸上競技選手権大会が今週末、新潟で開催されている。兎にも角にも、開催が実現したことは喜ばしい。関係者の尽力に心から敬意を表したい。

東京オリンピック日本代表選考の大会のはずだったこの大会であるが、トップアスリートには、今年の厳しい夏の間のトレーニングにおいて選手権大会出場は、モチベーションになっていたはずである。東京オリンピックが開催されなくても、アスリートは身体を動かしつづけなければ、普通の人に戻ってしまう。身体だけでなく、しっかりと戦う心を保てなければ、この場には立てなかったはずである。出場選手にも、「おめでとう」と声かけたい。

大会は、NHKで放送されているが、日本選手権特有の緊張感は十分に伝わってくる。ニューノーマルなどという、私には理解のできない言葉が跋扈するなかで、陸上競技に当たり前の状況が戻ってきた。ルールを変えるわけにいかないスポーツにニューノーマルなどあり得ない。スポーツに関心のない人たちは見ることのない放送だろうが、スポーツニュースで良いので、アスリートの顔つきだけでも見てほしい。




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