短歌作品(2020年9月) [短歌]
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予感
唐突に雨降りはじめずぶ濡れのわれ点描の画のなか独り
あんぐりと口開け見つむその先に百日紅はあり花盛りなり
アグネスの声うわずれどその声は打ち消されずに大都にとどく
帝国へのみち着実に歩みゆく習近平《シー ジンピン》の顔このごろ険し
アドルフの自死のち七十五年余に現れ消えるタイラントらは
運命の尽きし顔つき髭面はサッダーム・フセインその外になし
独裁者の支配およばぬ生のありCOVID-19世界を総べる
「灼熱の後、激雨」とう天気予報のあり得るこの世
ラ・ヴァルス聴き終え外は静かなり知らぬ間に止む薄闇の雨
リピートの続くみゆきに眠られず常軌逸する気候変動
写真日乗2018/05/28〜短歌人6月号掲載作品「桜」〜 [短歌]
SONY RX100Ⅲ
仙台は冬枯れのまま人通り少なく地下鉄出口を出れば
春やよいマラソンレースを走りきり疲れはてたり桜木見あぐ
大浴場が売りのホテルを選びたり少し休めと天の声かな
大浴場におとな三人ゆったりと湯船に浸かる暗がりのなか
湖畔にて抱卵したる黒鳥のもとあたたまる偽の卵は
東京都立戸山公園入口の染井吉野のいっぽんを撮る
満開を追いて旅する夢のためその行程をおもい描きぬ
Book Review 『酔風船ーQ氏のいたずら日記』千々和久幸 [短歌]
『短歌往来』(20093月号~18年1月号)に連載したエッセイから100篇を収めた。作者は、結社香蘭の代表を務めるベテラン歌人で、内容は社会批評から歌壇の現状や短歌の有り様まで、はっきりと言い切る態度で貫かれている。それは例えば、「時間のない時計」(09年12月号)における以下のの行。東直子、斉藤斎藤、穂村弘の作品を俎上に載せ、こう批評したことからも分かる。
時間のない時計ーこれが「現在短歌」の現在だとわたしは考えている。現在が過去や未来という重層的な連続性の中で捉えられることなく、それぞれの詩句は断片的で周縁的。いわばパッチワークの面白さ。日々の断片はあっても、人間や人生という部厚い主題は見えてこない。
もちろん、「現在短歌」を否定しているばかりではない。「誤読の愉しみ」(17年2月号)におけるこの行は、なかなか面白い。
真っ赤です真っ赤ですただ真っ赤ですさようなら明日ただ真っ赤です(佐川菜々美) ……「さようなら明日」というミステリアスなフレーズが曲者で、それがまるでオセロ・ゲームの一枚のチップ(と読んだ)のような働きをする。……あとで作者に聞くと、「あれは夕焼けを詠んだものです」ときた。
まさに一本取られたかたちだが、若い歌人とのやりとりを楽しむ余裕も持ち合わせている作者である。
(ながらみ書房 〒101-0061 東京都千代田区三崎町3-2-13 電話03-3234-2926 定価2,000円+税)
/////短歌人2018年6月号掲載
写真日乗2018/05/07〜短歌人五月号掲載作品「上巳」〜 [短歌]
Book Review 伊勢方信歌集 『ピアフは歌ふ』 [短歌]
平和への希求が込められた歌集である。『ピアフは歌ふ』というタイトルは、「ポンピドゥー・センター傑作展」と銘打って、二〇一六年に東京都美術館で開かれた展覧会における体験からとられたものである。一年一作家の作品が展示されるなかで、一九四五年だけ作品の展示がなく、エディット・ピアフの「バラ色の人生」が静かに流れていた情景である。
バラ色の人生はたれも知らぬゆゑ声おさへ歌ふエディット・ピアフは
結社「朱竹」入会からでも半世紀を超えるベテラン歌人の、現実を見つめ本質をえぐり出す作品群である。収められた四五九首は、自然から社会、家族まで多様な対象から切り取られ、作者の感慨がわかりやすく表出している。そのなかには、現政権の改憲志向に対して、歴史を根拠に異議を唱える作品もある。
帝都には白き棲むと知る 何からひつくりかへるかこの国
普天間基地のぞみてよぎれり終戦はうそのごとしも 嘘かも知れぬ
改憲派の主張聴きゐてミュシャ描く「スラブ叙事詩」の死馬たちあがる
決して声高にはならず、皮肉めいた歌い振りでもない。ピアフが歌手としてなし得たように、歌人が短歌でなすべきことを示している。
(本阿弥書店 〒101-0064 東京都渋谷区猿楽町2-1-8 電話03-3294-7086 定価2,700円+税)
/////短歌人2018年5月号寄稿 /////
写真日乗2018/04/15〜短歌人四月号掲載作品「立春」〜 [短歌]
気仙川行きつ戻りつするわれの真顔かすかに映る液晶
桁橋は壊されしまま七年の歳月われを凍りつかせる
われがあの日あの時ここにいて立ちすくむごとく震える
海抜が少しあがれば残りたる鉄路西へと真直ぐにのびる
永遠にここに列車は走らぬと風花ふわりレールにとまる
夕暮れの雪つもりたるホームにて踏み跡のこしクルマに戻る
BRT導入のされ赤色のバス来るはずの道をゆく人
すすり泣く声のごとくに雪解けの峠にひびくロードノイズは
2017/08 短歌作品「天皇」 [短歌]
「夜明け前に見る夢本当になるという」千円カットにわれ散髪をす
体温を超えて気温の上昇し頼りは輸入化石燃料
ネコ寝入る郵便受けに陽はかげり葡萄ひと房かぜに揺れおり
ポタポタと壊れしままの樋のした集まる真夏の夜の雨音
「甲子園四試合の結果は…」と野球の日でなく原爆の日
鎮魂の夏ゆえ考え巡らせて国のかたちのいびつなるかな
神妙に言葉をえらび改憲の意欲をみせる安倍晋三は
米国の圧力がありつくられし象徴天皇ファジーなる影
影さきにありて姿を仕立てつつ時代を生くる君の背中よ
神事には女性天皇ふさわしくただ安寧を祈られよと
撮影:2017/08/09 於:東京・銀座
Leica Q Summilux 28mm f1.7 ASPH.
2017/07 短歌作品「水戸」 [短歌]
「いろいろと、とられたりして…」「出店は難しい…」とは業界人の言
その地より東京都心に通うたび脂汗かく日々の懐かし
平日の朝はまともに動かざる電車は今朝も抑止ばかりか
駅前にパチスロ、ソープ、キャバクラの並ぶ街捨て何処か選ぶ
特急のひたちに乗れば上野発ち次は水戸なり水戸へと急ぐ
特急は優先されて遅れにも最高速度で回復はかる
平成も終焉迎え国労も動労もまた死語となりゆく
ひろびろと青田のつづく西側の車窓まぶしくふたり眺める
雨降らぬこの六月のときわ路の耕されるべき土の黒さぞ
風致地区ひろく指定されておりいかがわしきもの排除たやすし
バイパスに近く平坦、遊技場ところどころに建つ条件は
撮影:2017/07/08 於:水戸市・偕楽園公園
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結社誌「短歌人」寄稿 [短歌]
土着的都市人として
九百号に本田稜が、「都市詠の地平」と題する評論を寄せた。都市のさまざま姿が戦後、詠われてきたことが俯瞰できる。
私は、東京の下町で遊び学んで、その都心で職を得て働いてきたので、東京での所作しか知らない。引かれている四十首以上の過半は、東京で詠われたものだろうが、その根拠をつかめる歌はそれほど多くない。もう誰も見たことのない、過去、栄えた都市を描いているようにも思える。写真や絵画であれば、その情報量の多さ、空気感などから場所は推測できる。しかし短歌となると、ノイズやダストをまとうためか、むしろ今日に近づくほど、架空の場所のように思え、その特定は困難になる。それでも読み手の共感が得られ成立するのが、都市詠というものなのだろう。
歴史を先導するのは、都市である。と同時に、歴史に区切りを付けるのも、都市である。引かれた作品を読みつつ、都市詠のなかで秀歌と評されるのは、輻湊する現実を史実として残すための、句読点として機能する作品だと思った。
本田は、冒頭、日本の総人口の推移に言及しているが、近代化と人口増加は、都市化を必然のものとする。そして、そこに集まる者たちに、新しく、不可思議な所作を求める。歌人は、そこに着目しているわけだが、他の短歌のジャンル、例えば自然詠などと比べると、詠う者のこころの画角は狭い。一点を見つめ、対象のみを浮き立たせようとする。写真でいえば、被写界深度の狭いレンズを開放で使った時のように、対象以外は合焦しておらず、周辺減光の効果もあって、まるでトンネルの中から都市を覗き込む感じである。
加えて、いずれの歌からも、何かを見つめることで孤独感を増幅させる歌人の姿が浮かび上がってくる。詠っては、自己をどこかに押し込むことで、ようやく安息を得る。都市に住まう者の生き延びる一手段として、短歌を選び、それぞれのメソッドを確立する歌人の姿である。
これだけコミュニケーションのツール、技術が発達しても、一所に集まらなければならない人間の性をえぐり出し、描き切る都市詠をこれからも読みたい。
撮影:2017/07/09 於:横浜市・鶴見
Leica M10 Summilux 50mm f1.4 ASPH.
2017/05 短歌作品「還暦」 [短歌]
還暦を迎える日には撮影の依頼がありてレンズを選ぶ
新緑はすでに色濃くつらなりてクルマ少なき端午の節句
救急車が待機しており正門のわきの一方通行のみち
六義園の名物ツツジはまだ早く画にする場所をさがして歩く
鯉幟かぜなく泳がずこの日にも「毎日、日曜」の人の溢れる
同僚の幼子に会い小声にて「こんにちは」といえば見つめられたり
しばらくはレンズ向けずに追いかけっこなどして遊んでもらう
「言葉、遅いの」と心配をするママさんに「うちもそうだった」と即答したり
言葉より化学式など好むまま育ちて博士をとりたるわが子
ジグザグに走りてオートフォーカスが追えぬほどなり一歳半児は
ありがとう、おいしい、さよなら、ジェスチャーに込める心の美しきかな
撮影:2017/05/05 於:東京・丸ノ内
Leica M10 Summilux 35mm f1.4 ASPH